「バカ大爆発」
株式会社時空 代表取締役 檜野安弘
----『ゴーグル』 '99年6月号 特集記事より
やるのならばとことんやる。まして自分の好きなことだったら一心不乱に打ち込む打ち込む。「おまえさー、なにつまんないことやってるの?」なんて言われてるうちはまだまだ。「そこまでやれば何も言えません。しゃっぽを脱ぎますです」といわれるくらいになって当たり前。それがマニアの王道、聖堂、極楽浄土なのだ。
ポケットモンスターとともにテレビ東京をささえる?「テレビチャンピオン」という番組がある。本紙表紙のペーパークラフトを制作している大熊さんもチャンピオンになった、一芸日本一を決定する番組である。ここに出てくる人は、ほんとうにバカ。しかも並のバカじゃない。並のバカじゃテレビに出られる訳がない。勘違いしてもらっては困るのだが、この場合のバカとは「バカ役者」の方のバカではなくて「役者バカ」のバカである。例えば立ち食いそばの上に乗っかかっている具だけを見て、どこの店のものか解る人は誰が何といっても超一流の”立ち食いそば屋バカ”である。
「そんなこと知ってたからって、何が偉いンだよ、あーん?この立ち食いそばマニアが!」と暴言を吐く無礼者もいるだろう。が、しかし自分が出来ないことを、あれこれと批判するのはエセ評論家の仕事である。
話は突然変わって、約20年前の宮城県塩釜に飛ぶ。塩釜とは一大漁業基地である。外国の漁船もたくさん入港し、物資の補給もおこなう。当然水も補給するのだが、水にお金を払うのはもったいないと、古着と水を交換する外国の人が多かったらしい。当時外国製品は、憧れのもの。古着とはいえ、結構売れたらしい。
さて、そこに一人の少年が住んでいた(*注)。その少年は、古着屋さんに山と積まれたジーパンをよく買いにいった。今では1本3万円以上するようなビンテージ物(もちろん当時はそんな呼び名さえなかった)も、500円で買えた。そんな古着ジーパンをちょこちょこ買ううちに、ジーパンの持つ魅力に取りつかれ、気がつけば押し入れの中には何百本ものジーパンがたまっていた。
これが鋭い経済嗅覚で将来のビンテージブームを見越しての行動ならば、今ころ経団連会長のイスに座っていてもおかしくはなかったが、残念ながら彼は、ジーパンバカ道へまっしぐらに駒を進めてしまった。ジーパンバカ少年も、その後ぐんぐん大きくなり、流行のブランド物などに浮気したこともあったが、それタダの遊び。彼のジーパンバカ魂は、不滅だった。それが炸裂したのは、昨今のビンテージジーパンブームだ。
「昨今のジーパンは大量生産を目的とした効率化の下に、ビンテージものが持つ伝説的なディティールを失ってきた。さらにビンテージ物は、価格も高く、本来ジーパンが持つ機能性と耐久性が唯一の価値として誕生したワークウェアという根本的な精神を失ってしまったのではないだろうか?」
そんな余計なことを考えず、塩釜でしこたま買い込んだビンテージ物を売りまくれば、今ごろはそこそこの小金持ちになれたはずなのに、本物のジーパンバカ故に、ジーパンを愛するがゆえに彼は悩んでしまった。その結果とうとう自分の理想のジーパンを作り上げてしまったのである。
「開発に2年かかりました。そのうちの1年は業者さんの説得でしたよ。あまりにマニアックな注文だったので「そんなことは不可能だ」って、いわれまして。本当は従来のジーパンよりも5倍以上丈夫なものを作りたかったのですが、そうすると丈夫すぎて裾上げが出来なくなっちゃう。そこで、泣く泣く2倍にしました。でも何とか方法はないものか、今も研究をしています」(笑)
日本一のジーパンバカ、檜野安弘。彼のバカパワーは、今日もますます磨き続けられている。
*注 檜野は塩釜市出身ではなく仙台出身です。 |